大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和45年(オ)186号 判決

上告人

蝦名サキ

外六名

代理人

米田房雄

被上告人

東青信用組合

代理人

葛西千代治

葛西幸雄

主文

原判決中上告人らの敗訴部分を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人米田房雄の上告理由について

原審は、その確定した事実関係のもとにおいて、亡蝦名竹次郎が、訴外工藤勇から、同人が信用保証協会から五〇万円を借り受けるについて保証人になつてもらいたい旨依頼されたのに対してこれを承諾し、その手続に必要な自己の実印を交付したことは、竹次郎が右保証契約を締結するについて勇にその代理権を授与したものとみることができるが、勇が被上告組合から一〇〇万円を借り受けるに際し、右実印を使用して、竹次郎の代理人として被上告組合との連帯保証契約を締結したことは、本来の代理権を踰越したことになるとしたうえ、被上告組合の正当の理由の存否につき、本人から実印の交付を受け、これを使用して権限踰越の代理行為がなされた場合で特段の事情の認められない本件においては、第三者たる被上告組合は勇に代理権があると信ずべき正当の理由があるものと解するのが相当であるから、竹次郎は、右勇の表見代理行為によつて連帯保証人としての責任を免れることができないとし、本件において被上告組合が右連帯保証契約を締結するにあたつて、勇の代理権限の有無の調査のため、あらためて竹次郎に面談したりあるいは問い合わせるなどして確認措置を講じなかつたとしても、被上告組合に過失が存するものとは考えられない旨付加説示して、被上告組合の表見代理の主張を採用している。

しかし、右連帯保証契約の締結にあたり、竹次郎の代理人である勇と被上告組告との間で作成されたものである旨原審の確定する甲第二号証(工藤勇を借主とし、連帯保証人欄に竹次郎名義の記名押印のある手形取引約定書)には、取引元本極度額、保証極度額の記載がなく、また保証期間の記載もないことが認められる。してみれば、右保証は、特段の事情のないかぎり、保証極度額や保証期間の制限のない連帯保証であるといわなければならないが、このような継続的取引契約において、右のような態様の保証契約が締結された場合には、保証人の責任の範囲は相当の巨額になり、保証人にとつてきわめて酷となることが予想されるから、金融機関がかかる態様の保証契約を締結するにあたつては、かりに保証人の代理人と称する者が本人の実印を所持していたとしても、他にその代理人の権限の存在を信頼するに足りる事情のないかぎり、保証人本人に対し、保証の限度等について一応照会するなどしてその意思を確める義務があると解するのが、金融取引の通念上、相当であり、そのような措置をとらないまま代理人が実印を所持していたことの一事によつて、かかる内容の保証契約を締結する代理権があるものと信じたというのであれば、いまだその代理権があるものと信ずるについて正当の理由があるとは認めえないものというべきである。

しかるに、原判決は、本件保証契約が特段の事情のないかぎり前示内容のものと認められるべきものであることを看過し、被上告組合が竹次郎に対し前示のような措置をとらなかつたとしてもなお被上告組合には過失がなかつたものとして、被上告組合の表見代理の主張を採用しているのであつて、原審の右判断は、民法一一〇条の表見代理における正当の理由の解釈を誤つたものというべきである。

よつて、同旨をいう論旨は理由があるので、原判決中上告人らの敗訴部分を破棄し、右正当の理由の存否についてさらに審理させるため本件を原審に差し戻すべきものとし、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美 関根小郷)

上告代理人の上告理由

原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反即ち民法第一一〇条の解釈適用を誤つた違法がある。

一、本件は被上告組合と訴外工藤勇が昭和三〇年ごろから金員貸借に関する取引をしていたが次第に金額が増え、その貸付額が、かなりの額に上つてきたので(ちなみに両者間の取引額は延十億円を超える)被上告組合が今後の貸付につき保証人の追加を要求したところ、訴外工藤は昭和三九年三月ごろ蝦名竹次郎(上告人等の被相続人)に対し、事実は被上告組合との前記継続的保証契約に使うものであることを秘し、単に五〇万円信用保証協会から借りる為の保証に使うものだと偽り、誤信せしめて印鑑の交付をうけ、これを被上告組合の小湊支店に持参し、被上告組合と工藤勇間の手形取引約定書(甲第二号証)にこれを冒用し、次いで額面金百万円の約束手形(甲第一号証)の共同振出人としてこれを冒用したものである。

二、然るに原判決は、訴外工藤勇は蝦名竹次郎から印鑑の交付をうけ、恰も蝦名の代理人の如く連帯保証契約し、約束手形を振出したのであるから、被上告組合は工藤に蝦名竹次郎の代理権ありと信ずるのは当然であつて何らの過失もないから表見代理が成立し蝦名の承継人である上告人等は被上告組合に対して責任を負わねばならないというのである。

三、右判示の如く、他人の印鑑を持参した者が本人の承諾を得てきたと云つたのでこれをうのみに信用しても過失がないという解釈は他に特別な事情がない一般人の単純な取引ならば妥当するかも知れない。然し乍ら被上告組合は保証を条件として金員貸付を業とする金融機関である。

従つて債務者が他人の印鑑を持参して連帯保証契約の承諾を得てきたなどと云つても、実は不正な手段で印鑑を入手しこれを冒用して金融を得んとする事例が屡々あることを充分知つている筈である。

しかも本件の取引というのは一回限りの貸借という単純なものではなく、将来、長期に亘り継続、反復される金融取引の連帯保証であり、その保証額についても制限なしの連帯保証契約という、極めて重要な保証契約である。

しかも被上告組合は当時蝦名竹次郎と一面識もなかつたし、その資力の程も判然としなかつた。

加うるに被上告組合の小湊支店は蝦名竹次郎の自宅と同じ平内町にあるのであるから調査は極めて容易に出来る筈である。

以上の如き本件の特殊事情に照すならば被上告組合としては、かかる重要な取引であるから当然蝦名に面識を求めるべきであつたし、本件保証契約なるものの特質を告げ、代理権の有無や約束手形振出の有無を確めるべき取引上の義務乃至信義則上の義務を負うものというべきが至当である。

然るに被上告組合は敢て何らの措置をとることもなく訴外工藤を一面識もない人の代理人と考え、かかる重要な取引書類を取交わしたのは専門家たるべき金融機関の態度としては、まことに軽卒な行為というべく、結局本件の場合被上告組合が訴外工藤勇に代理権ありと信じたことには過失があるものといわざるを得ないものである。

然らば表見代理成立の要件である権利アリト信ズルベキ正当理由アリとは云い得ないものである。

結局、被上告人と訴外工藤勇間に於て、蝦名竹次郎の名をもつて為した本件契約については表見代理行為が成立しないものと解すべきものである。

四、以上の理由により原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用を誤つた違法があるので原判決を破棄し、更に相当な裁判を求めるものである。

(参考判例、最高裁昭三九(オ)第二六四号、昭四一、四、二二。東京高裁昭三一、七、二〇民集九巻七号四六四頁他)

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